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メンバー羽太のドキュメンタリー


by habutobuto

「ひょうたん」

原宿のとんちゃん通りの真ん中らへんにある、居酒屋ひょうたん。僕が幼稚園に入ったあたりから店を始め、もう30年過ぎている原宿の隠れた老舗である。30年前のとんちゃん通りは油臭い商店街であった。肉屋、八百屋、せともの屋、薬局、喫茶店、地元のおばちゃんがやってる、インベーダゲームがある軽食屋、暇だと店の前でキャッチボールやってる床屋、ラーメン屋、鉄道模型が沢山置いてある喫茶店、老夫婦でやっている時計屋、当たり付きアイスの自販があるコインランドリー、タコ焼き鯛焼きも売っている文房具屋、花屋、蕎麦屋、酒屋、後は全部居酒屋だったのだ。
現在の変わり果てた街からは想像できない下町雰囲気であった。
朝、学校へ行こうと歩くと昨晩の酔っ払いのゲロがあちらこちらにあり、それを掃除するおばちゃん達を見ながら登校するという感じの商店街だった。
ひょうたんは、二年前まで龍造さんというマスターと、奥さん[ママ]二人でやってた。
マスターには、店飲みはもちろんだが、高級クラブに連れてってもらったり、マスターが大好きなフィリピンパブ、下町のまじ旨の河豚屋、大久保の「これぞ!焼肉」と言える焼肉屋、 などいろいろ連れてってくれたり、ひょうたんで時には、ちゃんと怒ってくれるし、時にはエロで、自分の店で気にくわない事があると暴れちゃう時もあったけど、30年ひょうたんをやり続けた、龍造マスターから学ぶ事は多く、若い頃からあしげなく通ったものである。
そんなマスターも二年前に、大好きな酒の飲み過ぎで、肝硬変になり突然倒れ、忽然とひょうたんから姿を消した。
残されたママひとり。店を辞めるタイミングがきたかと まわりは思っていた。 しかし、ママは「一人でやる。私も30年、若く遊びたい頃もやってきたし、つまみ作った事ないけど、まあ隣で見てたからできる」
と一人、店を根性でやり始めたのだ。
ママは根っから明るい性格で、馬鹿を真剣にやれる希少なキャラであって、酒に酔うと、ビルとビルの狭間でロングダウンでけつを隠しながら立っしょんしたり、店のトイレが詰まり、厨房の側溝で要をたしたり、酔えば大好きな新宿二丁目に行き、巻き舌で「若けーのに帰る?馬鹿いうじゃない帰らせませんいなさいいいから」とディープな一面もある、カラオケはひたすら洋楽で、全くイメージと違うほどノリノリで外人に成り切る。朝までいると「あたし寿司食いたい」と必ず言い出す。「つうかどこもやってねー」その奇抜な言動、行動から心配する人もたくさんいるが、その反面コアなお客さんで店は賑わっているのだ。最近は20代全般の男の子の集団が多く、きまって「お母ちゃんお母ちゃん」とかいい、甘えまくって常連ぶっている光景をよく目にするようになった。ひとり店に行けば、先に呑んでいる人を紹介してくれ、朝まで一緒に呑むこともあったり、人見知りは通用しない店なので、人見知りの僕は、若い時は必ず誰かを連れて行ってごまかしていた。
最近は原宿で飲む友達がほとんどいなくなり、ひとりで行く事が多くなった。ひたすらジャックダニエルである。つまみはししゃもと梅きゅうがあればいい。
ママはひとりで厨房と接客、見送りまでマスターと二人でやっていた頃と同じようにひとりがんばっているのだ。
ひとりで店をやり始めてから半年くらいたった日の早朝、おやじから電話があり「ひょうたん燃えたぞ」という電話が鳴る。
朝、仕事行く前に店を覗くと店は水浸しで、油が焼けたような焦げの匂いが辺りにそよぎ、煤で黒く染まった薄暗い店内を遠目からみるが、ママの姿はなく病院へ搬送されたという。
翌日の夕方、ふたたび店を訪れると、懐中電灯をぶら下げたやわい光りの、煤けた店内にママがピョコンと座っている。手には包帯がかなり巻いてあり、煙草を吸いながら痛そうにしている。話しを聞くと 、深夜3時過ぎに、油に火をかけたまま、お客さんが帰り寝たらしく、 気づいた時には厨房が火の海だったそうで、油のフライヤーから、ダクトにも引火し、必死に消そうと水をかけて、更に発火。厨房全焼。
ビルの四階に住む大家が「火事だ~火事だ~」と勢いよく商店街をかけ巡り、みんな起きてパニックになったそうで…。
漏電で懐中電灯一個の光りの店内に、ガラガラっと引き戸を引き、店に入ると「飲んできなよ」とつかれぎみの高い声で言った。「いらんいらん、つうか火傷ヤバくないの?」
「余裕余裕~」プカ~
と そそくさと燃えた厨房に入っていく。ガサガサとなにか探しているようで、なにかを持って厨房からママが出てきた。
「うちで1番高いやつ まあ のみなよ」
煤で黒く被われたその瓶を濡れ雑巾で拭くと「玉乃光 特別純米吟醸」 と書いてある。
スポッと、そのひょうたん型の小瓶を、火傷でぐちょぐちょになった手で開け、 オチョコも煤で灰皿みたいになってるから、洗い、 トクトクトクとつぎ合い、闇の中ク-っと呑む。ママに悪い気持ちと、火事あとの煤と、水浸しの怪しい闇の中で飲む酒が正直、美味くない。煤けたポテトチップスを出してくれ、 グビグビ。玉乃光を飲み干した。
この記憶以外に何を話したかなんて覚えちゃいないが、その粋な心に圧倒されたんだ僕は。 酒の味、飯の味はそりゃ大事だと思う、だけどそればっか追求したあげく、ロボット店員と、うまい物に似たような味がする、安い居酒屋チェーン店だらけになった気がする。
粋な人は、よくまわりを見渡すと沢山いる。
僕はそういう人間に成りたいし、そういう人間から学ぶとこが多い気がするのだ。
僕が今までで1番美味かった酒は?と聞かれたら
「玉乃光特別純米吟醸」
と、どや顔で言うのである。
by habutobuto | 2011-09-10 20:41